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高知地方裁判所 平成9年(行ウ)9号 判決 2000年3月31日

主文

一  原告らの被告A、同B、同C、同D、同E、及び同Fに対する訴えをいずれも却下する。

二  原告らの被告G、同H及び同Iに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告G、同A、同H、同B、同C、同D、同E、同I及び同Fは、連帯して、高知県に対し、金五五四万八一〇〇円を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の申立て

(一) 原告らの被告A、同B、同C、同D、同E、同I及び同Fに対する訴えはいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告ら

原告らは、いずれも高知県の住民である。

(二) 被告ら

(1) 被告Gは、平成八年一二月五日当時、高知県健康福祉部部長の職にあった者で、高知県事務処理規則四条別表第一によって、金五〇〇万円以上の報償費に係る支出負担行為の決裁権限を有していた者である。

(2) 被告Hは、平成八年一二月五日当時、高知県健康福祉部保険課課長の職にあった者で、高知県事務処理規則四条別表第一によって、支出命令の決裁権限を有していた者である。

(3) 同Aは、高知県健康福祉部副部長として、同Hは同部保険課課長として高知県事務処理規則一四条によって報償費に係る支出負担行為の代決権限を有していた者である。

(4) 同Bは同部保険課主幹として、同Cは同部保険課課長補佐として、同Dは同部保険課副主幹として、同Eは同部保険課会計係長として、同Fは同部保険課主事として、それぞれ高知県会計規則四三条(支出負担行為の決議)の定めにより、本件報償費の支出負担行為及び支出命令の決議に当たり、決裁権者である被告G及び被告Hを直接補助する職員であった者である。

(5) 同Iは同部保険課国保業務班長の職にあった者で、地方自治法施行令一六一条及び高知県会計規則五五条により資金前渡職員に指名され、地方自治法二四三条の二第一項二号の「支出又は支払」行為の権限を有していた者である。

2  公金の支出

(一) 被告らは、平成八年一二月三日ころ、県行政への協力の謝金として、高知県健康福祉部保険課及び国民年金課(社会保険事務所を含む。)に所属する地方事務官一七二名に対し、合計五五四万八一〇〇円の報償費(以下「本件報償費」という。)を支給することを決定し、次の(一)から(三)の方法で支給した(以下「本件支出」という。)。

(1) 支給時期 平成八年一二月五日

(2) 支給の方法 資金前渡により各所属単位に個人ごとに現金で支給する。

(3) 資金前渡職員 保険課国保業務班長 I

(二) 本件支出について、被告Gは支出負担行為を、被告Hは支出命令を専決し、被告Iは支出命令者である被告Hから本件報償費の交付を受け、各地方事務官に支払をなした。

(三) また、被告Aは、支出負担行為の代決権者として、被告B、被告C、被告D、被告E及び被告Fは、右1(二)(4)の地位に基づいて、本件支出に関する決裁に加わった。

3  本件支出の違法性

(一) 報償費の意義

報償費とは、歳出予算の執行科目である節の区分のうち、地方自治法施行規則一五条二項別記に定める予算科目の(節)報償費から支出される経費である。これは、一般的に、役務の提供や施設の利用などによって受けた利益に関する謝礼又は奨励的意味の強い経費である。

(二) 地方事務官に対する報償費の支給の違法性

次に述べるとおり、本件支出は、報償費に当たらないにもかかわらず、報償費として支給されたものであって、違法である。

(1) 反対給付性の不存在

地方事務官は、都道府県知事の機関委任事務とされている事務のうち政令で定める事務に従事する国家公務員である(地方自治法附則八条)。

右2の県行政への協力とは、国民健康保健法、老人保険法に関する業務を指すものであるが、これらの業務も社会保険行政に携わる地方事務官の職務の範囲内であるから、報償費の目的とする謝礼、奨励の対象たり得ない。したがって、地方事務官は、本来の業務を行っているのであって、報償費の支給対象にはならない。

(2) 支給先の不均衡

社会保険行政に携わる地方事務官(地方自治法施行規程(以下「規程」という。)六九条二号の事務に従事する地方事務官。以下「社会保険地方事務官」という。)に対しては、報償費として本件支出が支給される一方、労働行政に携わる地方事務官(以下「労働地方事務官」という。)に対しては報償費が支給されていない。すなわち、労働地方事務官は、規程六九条三号によって、職業安定法、雇用保険法、労働保険の保険料の徴収等に関する法律及び労働保険特別会計法の施行に関する事務を指定される一方で、右規程事務以外に、障害者の雇用の促進に関する法律、高齢者等の雇用の安定等に関する法律、労働者派遣法、地域雇用開発等促進法など多くの規程外事務を担当し、社会保険地方事務官に優るとも劣らない役割を高知県政のために果たしているのに、報償費は支出されていない。このことは、本件支出が本来、報償費に当たらないことを示すものである。

(3) 支給の態様

本件支出は、一六八名に対し、一名当たり金三万二七〇〇円という均等額で支給し、残り四名に対し、中途人事移動を理由に一万三六二五円から二万一八〇〇円という金額を一律に支給している。報償費は、本来、役務の提供や施設の利用などによって受けた利益に対する代償であって、本件支出のように役務の内容を問うことなく、年単位で、支給金額及び支給時期が一律なものは、報償費としての反対給付性が不明確で、むしろ給与の一部的な性格を有している。

(4) 平成九年一月二〇日付け自治省財務課長名文書

自治省財務課長が各都道府県総務部長に宛てた「平成九年一月二〇日付け自治省財務課長名文書」には、「地方事務官に対して報償費等の一律支給を行っている地方公共団体にあっては、それが給与費の一部とみなされる限り、違法支出のおそれが強いのでその支給を廃止されたい。」と記載されている。高知県がこの文書を受けて報償費の支出を廃止したのは合法的な裏付けがないからである。

4  被告らの責任

被告らは、本件支出が報償費として支出すべきでないことを知りながら、故意又は重大な過失によって、報償費として支給したのであって、本件支出は、地方自治法二三二条の三、二三二条の四に違反する。被告らは、高知県に対し、右違法な支出によって、金五五四万八一〇〇円の損害を与えたものであるから、右損害を賠償する責任がある。

5  監査請求

原告らは、平成九年五月二日、高知県監査委員に対し、地方自治法二四二条第一項に基づく監査請求を行ったところ、右監査委員は、原告らに対し、監査請求を棄却する旨の監査結果を示し、その旨を原告らに通知した。

6  まとめ

よって、原告らは、当該職員である被告ら各自に対し、地方自治法二四二条の二第一項前段に基づき、被告らが高知県に対し、連帯して損害賠償金五五四万八一〇〇円を支払うことを求める。

二  被告らの本案前の申立ての理由

1  地方自治

法二四二条の二第一項四号所定の「当該職員」とは、「当該訴訟において適否が問題とされている財務会計行為上の行為を行う権限を法令上本来的に有する者及びその者から権限の委任を受けるなどして右権原を有するに至った者を広く意味し、その反面、およそ右のような権限を有する地位ないし職にある者と認められないものはこれに該当せず、そのような者を被告とする訴えは、住民訴訟の類型に該当しない不適法な訴えである。」とされる。

ところで、地方自治法一五三条一項は、普通地方公共団体の長がその事務の一部について吏員に対し委任できる旨定めているが、高知県においては、権限の分配に関して、高知県事務処理規則を設けている。同規則四条によれば、金五〇〇万円以上の報償費に係る支出負担行為の専決権者は部局長であり、支出命令権者の専決権者は課室長である。

したがって、本件支出に係る支出負担行為については、当時、健康福祉部長の職にあった被告Gが、その支出命令については、当時から健康福祉部保険課長の職にあった被告Hが専決権を有する者であり、その余の被告らは、右の支出負担行為、支出命令を行う権限を有する地位ないし職にはなかったものである。

また、地方自治法二四三条の二第一項後段は、予算執行委員の賠償責任の要件、範囲等を定めるが、ここにいう職員とは、右高知県事務処理規則の規定により決裁権者に代わって意思決定をする職務を行う者、すなわち、代決権者をいう(高知県会計規則一六条)。そして、代決権者とは、決裁権者が不在の時に決裁を代決できる者(高知県事務処理規則一四条)をいうところ、本件報償費に係る支出負担行為、支出命令は、常時決裁することのできる専決権者が決裁しているので、代決権者による代決は行われていないから、代決権者が右賠償責任を負うことはない。

いずれにしても、被告G及び被告Hを除いたその余の被告らは、「当該職員」に該当せず、これらの被告らに対する原告らの訴えは、被告適格を欠いた不適法な訴えというべきである。

2  また、確かに被告Iは、本件報償費の関係で資金前渡職員に指名されている。

しかしながら、「資金前渡」とは、特定の経費について出納長が普通地方公共団体の職員に概括的に経費の金額を交付して現金支払をさせる支出制度であり(地方自治法二三二条の五第二項)、「資金前渡職員」とは、支出命令により右の職務を行う者として指名された者をいい、地方自治法施行令一六一条は、交付を受けた経費を保管し正当な債権者に支払う場合、あるいは、保管して支払うにとどまらず、交付を受けた経費の目的に従って債務を負担し、その債務の支払を行う場合等、資金前渡がなされる場合が規定されて、地方自治法二四三条の二第一項後段の予算執行委員とは異なり、同条項前段において故意又は重大な過失によりその保管に係る現金、有価証券、物品等を亡失し、又は損傷したときは、これによって生じた損害を賠償しなければならないと定められており、本件においては、支出の権限を有しない。

三  被告らの本案前の申立ての理由に対する原告らの反論

被告らは、地方公務員法三二条によって、「その職務を遂行するに当たって、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の定める規定に従」うと定められている者である。また、同法三三条は、信用失墜行為の禁止を定め、職員が全体の奉仕者たるにふさわしくない行為により、公務に対する住民の信頼を裏切らないように信用を保つ義務を定めている。しかし、本件支出は、予算の目的に反し、多くの県民の厳しい批判を受けており、地方公務員としての本務を逸脱し、行政への住民の不信を増幅しており、責任は重大である。

ところで、被告らは、支出負担行為及び支出命令の作成並びに公金支出を現に共同で行った者である。また、資金前渡職員は、法令等に違反しないかなどの支出上の原則を確認する義務がある者である。これらの事務は、高知県の規定する様式に従い、それぞれの立場の職員の判断を経て初めて実施できるもので、決裁権者や支出命令権者が最終的責任を負うとしても、当該支出行為の各段階で被告らが職務上与えられた立場で、違法又は不当な公金支出を検査すべき責任があり、被告らの行為により決裁権者に誤った判断をさせたものである。また、上司の命令であるとしても、憲法一五条の「すべて公務員は全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではない」との立場を自覚し、県民全体の奉仕者であることを自負するならば、違法な行為に手を貸さない判断が必要である。被告らの行為は、「高知県会計規則の施行について」の規定第三に示された、支出負担行為の内容が法令に違反していないか、予算の規定に違反していないか、予算の各科目及び事項別の目的に従っているか、予算が効率的に使用されているかなどを調査確認する義務を果たしていない。また、さらに、報償費に関する留意事項とされている、謝金の支出額は適正か、記念品等を贈呈する理由は妥当か等にも何ら留意を行った形跡がなく、公務員としての義務を果たしていない。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)は認める。

2  請求原因2(公金の支出)の事実は認める。

3  請求原因3(本件支出の違法性)

(一) 同(一)は認める。

(二) 同(二)のうち、地方事務官は、都道府県知事の機関委任事務とされている事務のうち政令で定める事務に従事する国家公務員であること、社会保険地方事務官に対しては、報償費として本件支出が支給され、労働地方事務官に対しては報償費が支給されていないこと、本件支出は、一六八名に対し、一名当たり金三万二七〇〇円という均等額で支給し、残り四名は、中途人事異動を理由に一万三六二五円から二万一八〇〇円という金額を一律に支給していること、自治省財務課長が各都道府県総務部長に宛てた「平成九年一月二〇日付け自治省財務課長名文書」に、「地方事務官に対して報償費等の一律支給を行っている地方公共団体にあっては、それが給与費の一部とみなされる限り、違法支出のおそれが強いのでその支給を廃止されたい。」と記載されていることは認め、その余は争う。

4  請求原因4(被告らの責任)は争う。

5  請求原因5(監査請求)は認める。

五  被告らの主張

1  地方事務官制度

(一) 地方事務官とは、都道府県知事の機関委任事務とされている事務のうち、政令で定める事務に従事する国家公務員たる職員の官名である。

地方公共団体の事務を処理している職員は、原則として、当該地方公共団体の職員であるべきであるが、戦前の地方自治制度の上では、都道府県が国の出先機関としての性格を併せ持っていたことから、ここで処理していた事務の全部を一挙に都道府県へ移管することが簡単に行える状況になく、国の各省庁との調整を図る意味から、地方自治法制定の際、まず、機関委任事務制度が創設され、更にそれでも調整困難な事務については、当該機関委任事務に従事する職員の身分についても、当分の間、国の職員とするといういわゆる地方事務官制度が設けられ、現在に至っているものである(地方自治法附則八条)。

(二) 地方事務官が従事する事務は、国が都道府県知事に委任して処理させている事務の中で、特に全国統一的に処理する必要性が高いと考えられる事務であり、具体的には政令で定めることとされている(地方自治法附則八条)。法制定当初は、相当多数にわたっていたが、逐次整理されて、現在、残っているのは、次の二つの事務である(規程六九条二号、三号)。

(1) 健康保険法、厚生年金保険法、船員保険法、厚生保険特別会計法及び船員保険特別会計法並びに国民年金法及び国民年金特別会計法の施行に関する事務(児童手当法の規定による拠出金の徴収に係る事務を含む。)

(2) 職業安定法、雇用保険法、労働保険の保険料の徴収等に関する法律及び労働保険特別会計法の施行に関する事務(雇用保険法施行令一条二号に掲げる事務を除く。)

(三) 地方事務官の定員は、規程六九条二号、三号の事務ごとにそれぞれ政令をもって定められている(規程七〇条一項、二項)。そして、これらの定数を都道府県ごとにどう配置するかについては、都道府県知事の意見を聴いて主務大臣が定めるものとされている(規程七〇条三項)。

(四) 地方事務官に対する指揮監督権は、任用、昇任、懲戒等の身分上に関するものにつき、人事権を有する国の各省庁等の長が、出張命令、超過勤務命令、職務執行に係る業務命令等の職務上のものにつき、当該事務の処理権限を有する都道府県知事が有することとされ(規程七一条ないし七三条)、通常表裏一体となっている二つの指揮監督権限が二つに分断されるという変則的な形となっている。

(五) また、社会保険に関する事務の一部を行わせるために、必要な地に社会保険事務所を置くことができるものとされ、その位置、名称、所管区域及び事務取扱の範囲は、予め都道府県知事の意見を聴いて、厚生大臣が定むべきものとされており、また、社会保険事務所の長は、地方事務官をもって充てるものとされている(規程七三条)。

(六) 高知県において、社会保険地方事務官の人数は、平成八年一二月時点で一七一名であり、本庁の保険課、国民年金課並びに高知東社会保険事務所、高知西社会保険事務所、南国社会保険事務所、幡多社会保険事務所に配属されている。

2  報償費の反対給付性

報償費の支出は、役務の提供や施設の利用などによって受けた利益に対する反対給付であることが明確であれば、違法となるものではない。そして、反対給付的性格が明らかな場合はもとより、奨励的な色彩が強い場合にも、執行機関には、一定の限度でその裁量に基づいてこれを支出することが認められる。

しかし、奨励的意味合いが強くなる反面、反対給付的性格が薄れていくものについては、報償費支出の正当性の判断は曖昧で安易に流れやすいから、支出決定に際しては、十分な検討が必要であるし、市民感情等諸般の状況などにも慎重な配慮をしなければならない。

3  社会保険地方事務官の職務における反対給付性

(一) 地方事務官の職責の範囲は、規程六九条に限定されているが、地方事務官は、常時、規程六九条所定の事務に従事している関係もあり、専門的知識を有する。とりわけ、規程六九条二号の事務は、複雑かつ微細であり、社会保険、医療事務関係の専門的知識の修得がなければ、これを遂行処理することが不可能である。

ところで、老人保険法、生活保護法、国民健康保険法、農業者年金基金法に関する事務は、前述のように規程六九条二号の事務と同じく、都道府県知事に委任された事務であるが、内容的に規程六九条二号の事務と同様でありながら、社会保険地方事務官が処理する事務とはされていない。しかしながら、右事務の遂行処理についても、社会保険、医療事務関係の専門的知識を要するのであって、転属が頻繁にある地方公務員が容易に遂行処理しうる事務ではなく、したがって、社会保険地方事務官の協力が必要不可欠となる。このことは、高知県に特有のことではなく、四七都道府県に共通しているものである。

(二) 右の事情から、高知県は、社会保険地方事務官に次の事項について協力を求めている。

(1) 老人保険法、生活保護法、国民健康保険法等社会保険法の改正関係並びに医療事務、診療報酬関係についての、高知県関係各課、その他の市町村及び医療機関等からの質疑に対し、調査、回答する事務

(2) 診療報酬審査委員会における審査事務

国民健康保険法八七条は、国民健康保険団体連合会に診療報酬請求書の審査を行うことを目的とする診療報酬審査委員会の設置を定める。高知県においても、高知県国民健康保険団体連合会内に診療報酬審査委員会が設置され、月一回の割合で診療報酬請求書の総合審査を実施しているが、社会保険地方事務官二名が常時出席し、右総合審査に係る疑義について助言、指導を行っている。

(3) 老人保険法、国民健康保険法上の指導事務

地方自治法一四八条第二項別表三の一九、五三、老人保険法二七条、国民健康保険法四六条(健康保険法四三条の七の準用)は、都道府県知事の保険医療機関等、保険医、保険薬剤師等に対する医療、診療報酬等に係る指導を規定するが、右事務は、社会保険地方事務官の協力を得て実施されている。右指導は、医療費の適正化を目的とするものであり、指導形態として、集団指導、集団的個別指導、個別指導の三形態がある。右三形態を併せた、高知県における平成八年度の指導実績として、医科指導は延べ人数七八名、歯科指導は延べ人数二四名、薬局指導は延べ人数八名の社会保険地方事務官の指導により行われた。

(4) (3)の集団的個別指導及び個別指導の実施に際しての指導対象保険医療機関等の選定に至るまでの調査に係る事務も、社会保険地方事務官二名により行われている。

(5) 生活保護法上の指導事務

地方自治法一四八条第二項別表三の四三、生活保護法五三条は、都道府県知事の指定医療機関の診療内容、診療報酬に関する審査権を規定するが、右審査権に基づく指導が、社会保険地方事務官の協力を得て実施されている。高知県における平成八年度の指導実績として、延べ人数二〇名の社会保険地方事務官の指導協力を得た。

(6) 老人保険法、生活保護法、国民健康保険法上の監査事務

地方自治法一四八条第二項別表三の一九、四三、五三、老人保険法三一条、四四条、生活保護法五四条、国民健康保険法四六条(健康保険法四三条の一〇の準用)、一一四条は、都道府県知事の保険医療機関、指定医療機関、保険薬局、保険医、保険薬剤師等に対する診療内容、診療報酬に係る指導、監査を規定するが、右監査は、社会保険地方事務官の協力を得て実施されている。右監査は、医療費の適正並びに是正を目的とするものである。

高知県においては、平成七年四月二六日K病院、同年八月二五日T病院、平成八年一月三一日T病院に対して監査の実施が開始され、長期にわたる調査の末、K病院については平成九年三月三一日に、T病院については同年二月二〇日に、T病院については同年三月二五日に、老人保険法、生活保護法、国民健康保険法に係る診療報酬の返還金が確定された。なお、右返還金は、合計約一〇億円に上っている。現在は、五病院に対して老人保険法、生活保護法、国民健康保険法に係る診療報酬についての返還の実施を検討しているところ、平成八年度はその準備に充てられている。右監査の準備、調査においては、多数の社会保険地方事務官の協力が必要となる。

(7) 会計検査院実施の検査事務

老人保険法、生活保護法、国民健康保険法に係る支払診療報酬に対して会計検査院の検査が実施された場合も、社会保険地方事務官の協力が必要となる。高知県においては、平成八年七月二日から同月五日にかけて七市、六施設、五病院に対して検査が実施されたが、右検査においては延べ人数一五名の社会保険地方事務官の実施協力を得た。

(8) 農業者年金基金法上の指導、監査事務

地方自治法一四八条第二項別表三の六三の三、農業者年金基金法九三条、同施行令二〇条は、都道府県知事の農業者年金基金より業務の委託を受けた市町村、農業協同組合に対する業務の内容に係る指導、監査を規定するが、右指導、監査は、社会保険地方事務官の協力を得て実施されている。高知県における平成八年度の指導実績として、延べ人数一六名の社会保険地方事務官の指導協力を得た。

(9) 福祉担当の地方公務員等に対する研修

高知県は、右研修の講師として、社会保険地方事務官を派遣しているが、平成八年度の実績として、延べ人数九名の社会保険地方事務官が講師の任に着いた。

(10) 高知県立総合看護専門学校における講習

高知県は、右学校に社会保険地方事務官一名を非常勤講師として派遣しているが、平成八年度は、平成九年一月一〇日から二月七日までの間、五回(一回九〇分)の講義が行われた。

(11) 国民健康保険の被保険者資格の得喪に関する事務

国民健康保険法四条二項は、都道府県は国民健康保険事業の運営が健全に行われるように必要な指導をしなければならない旨定める。

被保険者資格の得喪は重要な指導項目である。しかしながら、市町村保険者にとって、国民健康保険の被保険者資格の得喪に関する事務は大量であり、調査が困難なものである。ところで、右資格の得喪は、健康保険、船員保険の被保険者の資格の得喪と表裏の関係にある。そこで、市町村保険者は、社会保険地方事務官に対し、右資格の得喪に関する情報の提供を求め、積極的協力を得ている。ちなみに、平成八年度の右情報数は、五万四〇五八件に達しており、右資格得喪事務の大幅な軽減が図られている。

4  地方事務官の職務の範囲

地方事務官は、国家公務員である以上、国家公務員法の適用対象であり、同法一〇五条は、「職員は、職員としては法律、命令、規則又は指令による職務を担当する以外の義務を負わない。」と定める(なお、ここに「指令」とは、人事院指令等をいう。同法一六条参照。)。右法条の趣旨は、旧官吏制度下における官吏がいわゆる忠実無定量の勤務を課せられていたことに鑑み、その身分的従属関係を否定し、法令に基づいて職員の勤務関係が成立することを規定したものであって、地方事務官の職務の範囲は、地方自治法附則八条、政令である地方自治法施行規程六九条に法定されている。国家公務員は、労働者でありながら争議行為が禁止されていること(国家公務員法九八条)に伴い、その労働条件についてはこれを法定するとする勤務条件法定主義の原則が採用されており、同法一〇五条も、この原則の重要な内容をなすのであって、職務範囲以外の事項についても地方事務官の職務であるとする原告らの主張は、同条に反する。

5  社会保険地方事務官と労働地方事務官との差異

社会保険地方事務官と労働地方事務官は、次の点において異なっている。

すなわち、社会保険地方事務官は、本庁主管課(高知県の場合、保険課、国民年金課)並びに各社会保険事務所に配属された職員全員が地方事務官として知事の指揮監督を受ける国家公務員であるのに対し、労働地方事務官は、本庁主管課(高知県の場合、職業安定課、雇用保険課)に配属された職員だけが知事の指揮監督を受ける国家公務員である。職業安定所の職員は、知事の指揮監督を受けない国家公務員であって、地方事務官ではなく「労働事務官」と言われている。高知県において、現在本庁主管課に配属されている労働地方事務官は三〇余名であり、五つの職業安定所(高知市、中村市、安芸市、須崎市、αに各所在)に配属されている労働事務官数は一〇〇余名である。

したがって、社会保険地方事務官と労働地方事務官の対比は、右の意味における三〇余名の労働地方事務官について議論されなければならない。

6  支給態様の合理性

規定外事務については、社会保険地方事務官全体から組織的協力を受けているという認識に基づき、報償費として社会保険地方事務官全員に支給したものである。

また、その際、どのような態様で支給するかは裁量の問題である。

被告Iが前渡を受けた時点において、既に本件報償費の支払先は確定しており、この場合の同被告の職務は、右前渡資金を善良な管理者として保管し、支払を完了し、その支払を証する書類を添えて支払命令者に精算報告を行うことであって、その余の職務を負担するものではない。被告Iは、本件報償費を亡失、損傷することはなく、前渡を受けた目的に従い支払を完了しているので、被告Iの右支払には何ら違法性がない。

7  平成九年一月二〇日付け自治省財務課長名文書について

地方事務官に対する報償費の支出を将来に向けて廃止したのは、平成九年一月二〇日付け自治省財務課長名文書を受けたものではない。

8  被告らの故意、重過失について

仮に、本件報償費の支給が適法でないとしても、被告らに故意、重過失に基づく責任を問うことができないと考える。以下詳論する。

(一)(1) 現在、日本の政治における最大課題は行政改革であると言われているが、地方事務官問題は、戦後間もないころから各内閣が行政改革を取り上げるたびに、主要な問題点として論議され続けられてきたものである。昭和二三年の「臨時行政機構改革審議会」以来、数多くの審議会、調査会において、地方事務官制度の廃止やこれに関連する諸制度の改革が唱えられ、また、政府関係省庁においても熱心に協議が行われ、その結果として閣議決定がなされ、大臣覚書が作成された。更に、国会においても質疑が行われ、廃止等を求める決議も数回行われている。

それにもかかわらず、運輸省関係等の地方事務官制度は廃止されたものの、厚生省関係、労働省関係のそれは依然存続している。

(2) そもそも、地方事務官制度は、戦前の府県体制から戦後の都府県体制への移行過程において暫定的制度として生じたものである。

戦前の府県制度によれば、府県は地方公共団体としての性格のほかに、国の地方行政区画としての性格を併有しており、国の地方機関としての機能を果たすため、知事をはじめ、府県職員の枢要な部分が地方官官制により定められる国家公務員であった。それが、新憲法に設けられた地方自治の規定及びこれに基づく地方自治法の制定により、都道府県は、完全な地方公共団体として位置付けられ、知事は、官選から公選に、その他の職員は、たとえ知事が国の機関として管理執行する事務(機関委任事務)に従事する場合であっても全て地方公務員(知事が人事権の全てを握り、給与は当該都道府県から支給される職員)とされたのである。この措置は、都道府県を完全自治体とするに伴ういわば当然の措置であったが、この措置の唯一の例外が地方事務官制度であった。したがって、地方事務官制度は地方自治の発展成長につれて将来廃止されることを前提として誕生した暫定的な制度であった。

(3) また、地方事務官の身分が国家公務員であることには変わりなく、都道府県知事が業務命令等職務上の指揮監督権を有するものの、各省庁の長が任命権者となって人事権全般を行使し(国家公務員法五五条)、地方事務官が従事している事務に必要とされる経費については、全額国の予算に計上されるという異例の制度にもなっている。

(4) 現行の地方事務官制度は、暫定的、異例のものであり、このことについては、地方公共団体はもとより、厚生省、労働省関係者も含め大体において異論がない。

しかし、その廃止問題については、従前より様々な意見、見解が対立している。地方事務官を所管する二省は、その事務の性格から、「これらの事務は、本来国が責任をもって全国的に統一して実施されるべき性質のもの、又は統一して実施することが国民サービス、効率性から言っても望ましいものである。」とする。他方、地方公共団体関係者は、「これらの事務はいずれも住民の生活に密接な関係のある事務であり、できる限り地方公共団体に委ねるべきものである。」とする。その結果、当然のことながら「これらの事務は国がその責任により直轄で処理すべきものであり、地方事務官は国家公務員とし、その処理のため各地に国の出先機関を設けるべきである。」との主張と、「地方事務官は地方公務員とする。」との主張が対立する。

地方事務官を国家公務員とすべしとする主張の一つに「その従事している事務は専門的知識を必要とする性格のものであり、地方公務員とすれば、人事異動が県全体の中で行われることになるため、必要な知識を有する人材の計画的な養成の確保が困難となり、サービスの低下を招くことになる。」とするものがあり、これに対し、「専門的知識の収得は研修等により対応することが十分に可能であり、人材の養成も広い立場からの方が計画的に行いうる。そして他部局との人事交流により、新しいアイデアなどを取り入れることができ、むしろサービスの向上につながることが考えられる。また、専門知識の収得や、計画的な人材の養成は、都道府県の他の部局においてもその必要性は変わりなく、現状はそのような要請に十分に対応してきている。」とする反論がある。

また、実際の問題として、その身分をいずれに定めることが当該関係者である職員の意識、職員の利益となるかという観点からも議論が為されている。すなわち、待遇面、人事異動面などを総合して考えれば、地方事務官は、地方公務員となるか、国家公務員となるか、いずれがメリットがあり、いずれを望んでいるか、ということである。この点については、職員の実態調査等実証的研究があまり明らかにされておらず、わずかに職員団体等の意見が開陳されているにすぎない。自治労は地方公務員化を、全労働及び全厚生は国家公務員化をというように色分けされている。

(5) そして、平成七年七月三日に発足した地方分権推進委員会は、平成八年一二月二〇日、第一次として機関委任事務の廃止の勧告を、平成九年七月八日、第二次として機関委任事務廃止後の事務区分の整理の勧告を出し、そして、同年九月二日、第三次として、地方事務官制度は廃止し、地方自治法施行規程六九条二号に規定する事務に従事する職員は厚生事務官とするとの勧告及び地方事務官が現在従事することとされている事務は国の直接執行事務とするとの勧告を出した。

右勧告が実施された場合、地方事務官は地方公共団体の庁舎外で就労するようになること、その担当事務が明確に国の事務になることなどから、これまで地方事務官も関わってきた老人保険法、国民健康保険法等における事務は、大量かつ専門性を有するにもかかわらず、地方公共団体の職員だけで処理する必要が生じている。

(二) 右に述べたとおり、地方事務官制度は、戦後の地方自治制度の中の特殊な制度であり、各地方公共団体は、いわばその「ねじれ」を内包しながら今日に至っているものである。地方事務官制度問題は早急に解決されるべき事柄ではある。しかし、各地方公共団体は、これまで長年にわたって地方事務官の専門知識の協力を得ながら老人保険法、国民健康保険法等における事務を処理してきており、問題は複雑である。

保険行政に携わる地方事務官に対する報償費の支給は、その職務の範囲外である老人保険法、国民健康保険法等における大量な事務処理並びにその専門性に対して行われてきたものであるが、(一)に述べた地方事務官制度の歴史の中で生じたものであり、右の「ねじれ」を一部是正するものである。これらの報償費の支給は、高知県に限ったものではなく、全国的に、また、恒常的に行われてきたものであり、本来は、国家において解決されるべき性格を有する。

(三) これらの地方事務官制度の歴史を背景に、

(1) 自治省は、昭和五五年当時「各都道府県が地方事務官である国家公務員に支給する手当等については、当該都道府県行政に協力したことによる報償的性格のものであり、給与法に定める給与とは見なされない」との趣旨の見解を示していること

(2) 右見解が各都道府県におけるその後の報償費支出の根拠ともなっていたこと

(3) 平成八年度当時は殆どの都道府県で地方事務官に対して報償費の支出がなされており、現在でもその支給をしている都道府県が存在していること

(4) 本件報償費は平成八年度の高知県の予算に措置済みのものであり、高知県議会の議決承認も受けていること

(5) その支出も予算の目的に従い、高知県会計規則に則って適正に執行されたものであること

(6) 報償費の対象は、これまでにも述べているように地方事務官の職務の範囲外にある高知県の事務についての処理であり、その処理には地方事務官の専門的知識が必要不可欠であること等から、被告らに個人的責任を問うことはいささか合理性を欠くものである。

(四) 社会保険地方事務官に対する報償費は、昭和四六年、高知県職員互助会を通じて地方事務官を対象とした福利厚生事業に支出されたことに端を発し、平成五年から報償費として支給されているものである。平成五年に報償費として支給するにあたっては、他県の実情調査を行い、支給要領を策定した。

被告Hは、他の都道府県のほとんどにおいて地方事務官に対する報償費等の支給がなされていたこと、その支給について自治省も給与の一部でない限り適法であるとの見解を有していたこと、実際にも社会保険地方事務官が職務外において高知県の保険行政に対し多大な協力をしていること、右協力がなくなると高知県の保険行政が混乱に陥ること、高知県においては「知事の指揮監督下にある国費職員に対する報償費支給要領」も定められていたこと等の理由により、本件支出について支出命令を決裁したものであり、被告Gも右事情に基づき、支出負担行為を決裁したものである。

したがって、被告ら個人に故意又は重過失に基づく法的責任を問うことはできないというべきである。

六  被告らの主張に対する原告らの反論

1  社会保険地方事務官の職務における反対給付性

(一) 被告らが主張する各種の事務は、地方事務官の執務時間内に行われており、その時間に対しては、国家公務員として職責に応じた給与や手当が支給されており、報償費支給の対象とすること自体不当である。

(二) 具体的な規定外事務について

(1) 老人保険法、生活保護法、国民健康保健法等社会保険法の改正関係並びに医療事務、診療報酬関係についての、高知県関係各課、その他の市町村及び医療機関等からの質疑に対し、調査、回答する事務社会保険関連法規の改定や報酬支払事務等に対する他課や市町村への調査回答などという事務は、本来、保険課の本務に付随して当然行われるべきことで、公務員として通常の業務であり、県庁各課では同様な県民サービスや相互の連携は常識であり、何ら特別な役務の提供ではない。逆に、これら相互連絡や市町村、医療機関との意思疎通により、地方事務官としての本来の事務がより正確に行えるのである。

また、給与、手当の支給を受けている勤務時間内に行われており、別途、報償費を支給する根拠など発生しない。

(2) 診療報酬審査委員会における審査事務

国民健康保険の診療報酬請求書の審査に係わることも、保険課の事務に国民健康保険に関することが定められていることからして特別なことではない。

仮に特別な処遇を必要とするなら、社会保険地方事務官に診療報酬審査委員会への出席を求めた高知県国民健康保険団体連合会において考慮すべきことであり、県の公金から報償費として支出することは論外である。

(3) 老人保険法、国民健康保険法上の指導事務

被告らは、平成八年度の指導実績として、延べ人数合計一一〇名の社会保険地方事務官の指導を主張するが、実際には保険課職員名簿登載の地方事務官二一名のうち、四名が指導事務を行ったのみである。

しかも、国民健康保険関係については、地方事務官ではない県職員が担当し、医療等専門分野では、非常勤の医師が指導を担当している。

さらに、実際の指導、監査等は、対象医療機関を少数抽出し、各施設に数件の診療報酬請求明細書を提出させて行い、カルテ等と記録の照合を行いながら実施するが、被告らの主張する規定外事務の老人保険に関するものは一、二件あるだけであり、他の健康保険法関係書類と抱合せで行っているだけである。

また、診療報酬改定に際して、指導事務に参加した四名の社会保険地方事務官が医師会主催の講習会に参加しているが、本来は、医師会において謝礼等を考慮すべきことであり、県の公金から報償費として支出すべきものではない。

(4) 五3(二)(4)の集団的個別指導及び個別指導の実施に際しての指導対象保健医療機関等の選定に至るまでの調査に係る事務も、五3(二)(3)で述べた事務に付随する程度にすぎない。

(5) 生活保護法上の指導事務

被告らは、平成八年度の指導実績として、延べ人数二〇名の社会保険地方事務官の指導協力を得たと主張するが、実際は四名の地方事務官が五3(二)(3)の医科指導と同日、同じ場所に行っているだけである。

(6) 老人保険法、生活保護法、国民健康保健法上の監査事務

健康保険法上の業務の一環として、療養担当規則違反事件等を内包したものであり、福祉指導課や高齢者福祉課など健康福祉部と連帯した事務であり、特別な役務提供として社会保険地方事務官だけに報償費を支出する根拠となりえない。

(7) 会計検査院実施の検査事務

会計検査院の検査事務への協力も、実質四名の社会保険地方事務官が参加したにすぎない。

(8) 農業者年金基金法上の指導、監査事務

被告らは、平成八年度の指導実績として延べ人数一六名の社会保険地方事務官の指導協力を挙げるが、実質的には四名の社会保険地方事務官が年一回ないし四回参加したのみであり、その事務内容も、国民年金課の守備範囲の延長であり、勤務時間内に給与を受けつつ行ったのであり、旅費、日当も支払われており、この程度のことをもって報償費の根拠にすることは法的にも社会通念的にも認められるものではない。また、国民年金課の一九名の社会保険地方事務官のうち五名しか参加していないのであり、全員一律に支給されている報償費とは関連性がない。

(9) 福祉担当の地方公務員等に対する研修

被告らは、平成八年度の実績として延べ人数九名の社会保険地方事務官の講師派遣を主張するが、実際に講師の任に着いたのは六名であり、いずれにしろ、報償費の一律支給の根拠とはなりえない。

また、講師派遣は、本来、主催団体が講師謝金として考慮すべきものであり、社会保険地方事務官が、特別な貢献を県政や県民に行ったとすれば、県が設けた職員表彰規定に基づき表彰するか、あるいは一件ごとに講師料等で処理すべきである。

(10) 高知県立総合看護専門学校における講習

非常勤講師としての取扱いであり、他の非常勤講師と同様の取扱いをすべきある。一名のみの講師派遣であり、全社会保険地方事務官に報償費を一律支給する根拠にはなりえない。

(11) 国民健康保険の被保険者資格の得喪に関する事務

国民健康保険の被保険者資格の得喪に関する事務は、社会保険地方事務官の本務である健康保険等の事務と表裏の関係にあり、各保険者間の情報交換は、社会保険地方事務官の本務を全うするために欠かすことのできないものである。

2  地方事務官の職務の範囲

被告らは、老人保険法、生活保護法、国民健康保険法、農業者年金基金法に関する事務は、社会保険地方事務官が処理する事務ではないと主張するが、これらの事務はいずれも事務官の本務とする健康保険法に準じて定められており、各法の事務処理の整合性を確保するためにも、社会保険地方事務官の指導、点検は欠くことができず、本務と表裏一体をなすものである。すなわち、これらの事務は、社会保険地方事務官の本来の業務を果たすために必要なものであり、地方事務官は日常業務において地方公共団体の職員との間で、二人三脚的協力があって初めて相互の事務が円滑に進むのである。逆に、県等の職員が本務以外に地方事務官の事務の支援をする場合も存在するのであり、これら勤務時間内の相互支援の作業を報償費の対象とすることはできない。

3  被告らの故意又は重過失について

(一) 被告らは、地方事務官制度について、暫定的かつ異例のものであるとして行政改革の課題と関連させてその問題点を羅列しているが、この制度の歴史的経緯や課題から直接的に本件支出を合理化することはできない。むしろ特殊事情を根拠とするなら、労働地方事務官へも支出すべきことになり、所属組合の違いにより区別されていることを説明できないであろう。地方分権推進委員会の勧告による業務分担の課題も専門性を有する職員の養成のことであり、本件支出とは関係はない。

(二) 被告らは地方事務官の専門的知識の協力を強調し、そのため報償費の支出を正当化しようとしているが、これもまた事実の裏付けのない主張である。なぜなら、本件においては、何ら専門性を有しない事務職員を含めて全員に一定期間を対象に一律の金額を支出しているのである。また、専門性を必要とする職務で協力した職員は実際に数名である。

(三) 被告らは、自治省の昭和五五年当時の見解を引用しているが、その文面においても「都道府県行政に協力したことによる」とされているが、本件支出は、県行政への協力はごく少数の地方事務官の行為しか説明されておらず、全員一律支給の根拠にはならない。

地方事務官に対して報償費名目の支出が何のチェックもなく行われたため、実態として給与に当たるとして自治省が平成九年一月二〇日付けで違法性を指摘し、その廃止を求めている。他県において支給されている事例があるとしても、それは事実上の給与として扱ってきたため、労使交渉の対象となり、解決が遅れているだけである。

被告らは、本件支出は、予算の目的に従い、会計規則に則って適正に執行されたものであると主張しているが、会計規則等の法規では、報償費支出においては役務の提供で受けた利益に対する反対給付であることが明確な場合にのみ認められているのであって、組織的強力なる根拠なき概念を幾ら論じても本件支出が違法であることは免れ得ない。

また、被告らは、適法でないとしても、被告らに故意又は重過失に基づく責任はないと主張しているが、会計規則でも示されている原則を逸脱した法規無視の事務や税金をお手盛り的に浪費することを繰り返していたことは法治社会の基本的ルールに対する違反であり、県民の信託に対する背任であって、被告らの行為を軽過失として責任を回避する姿勢こそ行政に対する不信を増幅する以外の何ものでもなく、主権者としての住民の存在を忘れた保身的論理であり、このような姿勢そのものが官の腐敗そのものであり、自治体の行政法規と公金の管理を内部から崩壊させるこのような行為を法の名の下に許容されることを求める被告らの責任は二重、三重に追及されなくてはならない。

理由

一  請求原因1、同2(一)及び(二)、同3(一)、同3(二)のうち、地方事務官が都道府県知事の機関委任事務とされている事務のうち政令で定める事務に従事する国家公務員であること、社会保険地方事務官に対して報償費として本件支出がされているが、労働地方事務官に対しては報償費が支給されていないこと、地方事務官一六八名に対しては一名当たり三万二七〇〇円という均等額で支給し、残り四名に対しては中途人事異動を理由に一万三六二五円から二万一八〇〇円を一律に支給したこと、自治省財務課長が各都道府県総務部長に宛てた「平成九年一月二〇日付け自治省財務課長名文書」に「地方事務官に対して報償費等の一律支給を行っている地方公共団体にあっては、それが給与費の一部とみなされる限り、違法支出のおそれが強いのでその支給を廃止されたい。」と記載されていること、及び同5の事実については、当事者間に争いがない。

二  本案前の主張について

1  本件訴えは、地方自治法

二四二条の二第一項四号前段の当該職員に対する損害賠償請求として提起されたものと解されるところ、右当該職員とは、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味し、その反面およそ右のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者はこれに該当しないと解するのが相当である(最高裁昭和六二年四月一〇日判決、民集四一巻三号二三九頁)。

2  ところで、本件訴訟において適否が問題とされている財務会計行為は、請求原因によれば、被告らのうち被告I以外の者については本件支出に係る支出負担行為及び支出命令であり、被告Iについては右支出負担行為に係る支出行為である。

高知県事務処理規則四条別表第一12(18)ク(乙一号証)によれば、五〇〇万円以上の報償費に係る支出負担行為の専決権者は、部局長とされているところ、一の争いのない事実によれば、本件支出の当時健康福祉部長の職にあったのは被告Gであるから、本件支出に係る支出負担行為につき専決権限を有していたのは、被告Gということになる。また、同規則四条別表第一12(4)によれば、支出命令の専決権者は、課室長とされているところ、一の争いのない事実によれば、本件支出の当時健康福祉部保険課課長の職にあったのは被告Hであるから、本件支出に係る支出命令につき専決権限を有していたのは、被告Hということになる。そして、その余の被告らが支出負担行為又は支出命令を専決する権限を有していたと認めるに足る証拠はない。

この点、同規則一条九号、一四条によれば、副部長は部局長の第一順位代決権者、課室長は部局長の第二順位代決権者、課室長補佐は課室長の第一順位代決権者とされているところ、一の争いのない事実に照らし、健康福祉部副部長の職にあった被告Aは被告Gの第一順位代決権者、同部保険課長の職にあった被告Hは被告Gの第二順位の代決権者、被告Cは被告Hの第二順位代決権者ということになるが、代決権者は、本来の決裁権者(及び先順位の代決権者)が不在の場合に、これに代わって決裁することのできる権限を有するにすぎないのであるから、本来の決済権者が職務を行える状況にある場合にまで代決の対象となる専決事務を執り行う権限を有しているわけではないというべきところ、右のとおり、本件支出に係る支出負担行為及び支出命令については、その本来の専決権者である被告G及び被告Hが決済を行っているのであるから、右被告A、代決権者としての被告H又は被告Cがその決済権限を有していたということはできないというのが相当である。

また、原告らは、被告G、被告H及び被告Iを除く被告らが本件報償費の支出負担行為及び支出命令の決議について決裁印を押捺して決済に加わったことなどを指摘するが、これら被告らの決裁行為自体は、その所属する部課の部課員として、事務適正を図るための行為と観念すべきものであって、本来長に専属するものとされている予算執行に関する事務の権限の行使として行われるべき財務会計上の行為とはその性質を異にするというべきであるから、住民訴訟制度が法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正しもって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものと解されることからすると、これらの決済行為をもって財務会計上の行為を行う権限を有していたということはできない。

3  また、一の争いのない事実によれば、被告Iは本件支出について資金前渡職員に指名されていたというのであるから、被告Iは、本件支出に係る支出行為につき権限を有していたということができる。

これに対し、被告Iは、本件報償費の支払先が確定していたこと、予算執行委員と異なっていることなどを指摘し、本件支出の権限を有しないと主張する。ところで、「資金前渡職員」とは、支出命令者により右の職務を行う者として指名された者をいい、「資金前渡」とは、地方自治法二三二条の五第二項に定められた支出方法の特例のひとつであり、特定の経費(地方自治法施行令一六二条)について出納長又は収入役が普通地方公共団体の職員に概括的に経費の金額を交付して現金支払をさせる支出制度であり、交付を受けた経費の目的に従って債務を負担し、その債務の支払を行う場合もあれば、交付を受けた経費を保管し正当な債権者に支払う場合もある(同法施行例一六一条)が、支出命令により支払先が確定しているときは後者の場合に当たり、このような場合であっても、当該資金前渡職員の支払行為は、財務的処理を直接の目的とする財務会計上の財産管理行為に他ならず、資金前渡職員は、財務会計上の権限を有しているというのが相当である。

4  したがって、被告G、同H及び同Iは、それぞれ、本件支出に係る支出負担行為の専決権限、支出命令の専決権限、支出権限を有するものと認められるが、その余の被告らは、本件支出について支出負担行為、支出命令又は支出を行う権限を有しないから、本件訴えのうち、これらの被告らを被告とする訴えは、法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない不適法な訴えである。

三  請求原因3(本件支出の違法性)について

1  一の争いのない事実及び証拠(甲一号証ないし四号証、六号証、一一号証の一及び二、一三号証の一ないし三、一五号証の一ないし六、一六号証の一ないし三、一七号証の一ないし九、一八ないし二〇号証の各一及び二、二一号証の一ないし四、二二号証の一ないし三、二三号証ないし二六号証、二七号証の一及び二、二八号証の一ないし三、二九号証の一及び二、三〇号証ないし三二号証、三四号証の一ないし五、三六号証の一ないし四、三七号証、三八号証の二及び三、三九号証の一ないし四、四〇号証の一及び二、四一号証の一及び二、四五号証、乙一号証、三号証ないし九号証、証人J、被告H本人)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  地方事務官とは、都道府県知事の機関委任事務とされている事務のうち、政令で定める事務に従事する国家公務員であって、地方自治法附則八条に定めがあり、規程六九条二号にはその職務の一つとして社会保険等に関する事務が挙げられている。

地方事務官に対する指揮監督権は、任用、昇任、懲戒等の身分上に関するものにつき、人事権を有する国の各省庁等の長が、出張命令、超過勤務命令、職務執行に係る業務命令等の職務上のものにつき、当該事務の処理権限を有する都道府県知事が、それぞれ有している(規程七一条ないし七三条)。

高知県においても、社会保険地方事務官が配置され、その人数は、平成八年一二月時点で、一七一名であり、高知県庁本庁の保険課及び国民年金課(その職員のほとんどが地方事務官であるが、国民健康保険に関する事務も扱うこととされている。)、高知東社会保険事務所、高知西社会保険事務所、南国社会保険事務所、幡多社会保険事務所に配属されていた。

(二)  社会保険地方事務官の職務については、右地方自治法附則八条、規程六九条二号により、健康保険法、厚生年金保険法、船員保険法、厚生保険特別会計法及び船員保険特別会計法並びに国民年金法及び国民年金特別会計法の施行に関する事務(児童手当法の規定による拠出金の徴収に係る事務を含む。)と規定されている。

しかし、社会保険地方事務官は右の職務に従事するのみではなく、老人保健法、生活保護法、国民健康保険法、農業者年金基本法に関する事務にも従事しており、その具体的内容は次のとおりである。

(1) 老人保健法、生活保護法、国民健康保険法等社会保険法の改正関係及び医療事務、診療報酬関係についての高知県関係各課、その他の市町村及び医療機関等からの質疑に対し、調査、回答する事務

(2) 診療報酬審査委員会における審査事務

高知県国民健康保険団体連合会が診療報酬の内容についてチェックを行う際に、地方事務官が、疑義に回答する事務を行った。

(3) 老人保健法、国民健康保険法上の指導事務

病院に対して、その診療報酬の請求について疑義があった場合、厚生省の指導大綱に基づき、地方事務官が、集団指導、集団的個別指導、個別指導の方法で、指導を行った。

保健課に配置された二一名の地方事務官のうち、主としてU、L、M、Nが右事務にあたった。

(4) 右集団的個別指導及び個別指導の実施に際しての指導対象保険医療機関等の選定に至るまでの調査に係る事務

地方事務官が、診療報酬につき指導すべき対象医療機関を選定する事務を行った。

(5) 生活保護法上の指導事務

保健課に配置された二一名の地方事務官のうち、主としてU、L、M、Nが右事務にあたった。

(6) 老人保健法、生活保護法、国務健康保険法上の監督事務

診療報酬請求に関し不正の疑いが濃厚な医療機関に対し、地方事務官が、監査を行った。

(7) 会計検査院実施の検査事務

(8) 農業者年金基金法上の指導、監査事務

国民年金課に配置された二〇名の地方事務官のうち、主としてO、P、Q、R、Sの五名が右事務にあたった。

(9) 福祉担当の地方公務員等に対する研修

福祉事務所の職員に対する研修を社会保険地方事務官が行った。

(10) 高知県立総合看護専門学校における講習

平成九年一月一〇日、保健課に配置された地方事務官Vが、右の事務にあたった。

(11) 国民健康保険の被保険者資格の得喪に関する事務

なお、これらの事務は、そのほとんどが、本来の職務時間中に、県からの依頼により行われたものであり、必ずしも地方事務官らが本来の職務との違いを明確に意識し、本来の職務と区別して行っていたというわけではなく、また、社会保険地方事務官全員が同じように行ったものではなく、社会保険地方事務官それぞれの専門、配属、地位、知識の質・量等によりその関与の態様・程度は千差万別である。また、これらの事務は、社会保険地方事務官の専門知識なくしては、円滑に遂行ができないような状況にあった。

(三)  高知県は、昭和四六年から総務部福利厚生課の予算から職員互助会へ補助金を支出し、職員互助会から職員団体を通じて社会保険地方事務官に金銭が支給されてきた。

しかし、平成四年、高知県内部において右の支出方法が問題となり、このため、平成五年度から、社会保険地方事務官に対し、県の行政に対する協力費として、報償費が支給されるようになった。高知県は、平成五年に社会保険地方事務官に対する報償費の支給を始めるに当たり、各都道府県の地方事務官に対する報償費の支給の実態を調査し、自治省の適法であるとの見解を確認した上、これらを前提に、「知事の指揮監督下にある国費職員に対する報償費支給要領」を定め、以後、平成八年度に至るまで、報償費の支給を続けた。

平成五年度に支給を始めた当時、報償費は、年額三万円であったが、その後、高知県の非常勤委員等の特別職の改定時期にあわせてその改定率に準じて見直すこととし、平成六年度には、三万二〇〇〇円、平成八年度には、二・一パーセント増の三万二七〇〇円が予算化された。

(四)  平成八年度においても、平成八年一二月三日、保険課及び国民年金課(社会保険事務所を含む。)に所属する地方事務官は、いずれも知事の指揮監督のもとに県民生活に密接な関係を有する社会保険及び国民年金業務に従事し、県の社会福祉行政と一体になって県民福祉向上のため多大な貢献をしたとして、県行政への協力に対する謝金として支給することを理由に、右報償費の平成八年度分として、地方事務官一七二名に対し、報償費として合計五五四万八一〇〇円(一六八名に対し一名当たり三万二七〇〇円、残る四名に対し中途人事異動を理由に一万三六二五円から二万一八〇〇円)を支給する支出負担行為を被告Gが専決し、支出命令について被告Hが専決した。

本件支出については、被告Iが資金前渡職員に指名され、同月五日、被告Iから各地方事務官にそれぞれ報償費が支払われた。

2  右認定事実に基づいて、本件支出負担行為の違法性について検討する。

(一)  報償費とは、歳出予算の執行科目である節の区分のうち、地方自治法施行規則一五条二項別記に定める予算科目の(節)報償費から支出される経費であって、さらにその内容によって、報償金、賞賜金及び買上金に分類される。

このうち、報償金は、役務の提供等に対する対価である。賞賜金は、人名救助者に対する謝礼などがこれに該当し、買上金は有害な動物等を買い上げることによって一定の目的を達成するための奨励的経費である。(甲五号証、八号証。)このように、報償費は、役務の提供や施設の利用などによって受けた利益に対する謝礼又は報償的意味の経費である。報償費は、受けた利益の反対給付であるが、奨励的な性格を帯びることもあり、その支出の正当性については、反対給付といえるようなものであるかどうかはもちろん、反対給付をすべき場合であるかどうか、社会通念上相当な範囲内にあるか、支出態様が社会的に相当かなど諸般の事情を考慮して判断されるべきである。

(二)  本件支出に関し、被告らは、地方事務官が不可欠であることを強調し、社会保険地方事務官が職務の範囲を超えて組織的に県政に協力することに対する反対給付である旨主張し、原告らはこれに対し、社会保険地方事務官の職務に対し報償費を支給するものであり、違法である旨主張する。

国家公務員法一〇五条によれば、職員は、法律、命令、規則又は指令による職務を相当する以外の義務を負わないところ、右三1(二)に述べたように、社会保険地方事務官の職務は地方自治法附則八条、規程六九条二号に規定されており、高知県における地方事務官が右地方自治法附則八条以外に職務を担当すべき命令等を受けている旨の主張及び立証はない。そして、右条項が、職員が法令により職員に割り当てられた職務以外の職務については、勤務義務を負わない旨を示して、職員として遂行する義務のある職務の範囲を明確にすることを目的とすることに鑑みれば、高知県において社会保険地方事務官が行っている老人保健法、生活保護法、国民健康保険法、農業者年金保険法に関する事務は、地方事務官の職務であるということはできない。

したがって、これらの事務に対する謝礼として、地方事務官に対し、奨励的意味合いの強い報償費を支給すること自体は十分ありうるものである。

(三)  しかし、地方事務官の県政への協力とはいっても、個々の地方事務官の県政への協力の程度は、前記認定のとおり、質・量ともに千差万別であり、到底これらを一律に取り扱うことのできるようなものではないというべきところ、本件支出は、地方事務官一名あたり原則として一律に三万二七〇〇円を支給したというものであり、各地方事務官の県政に対する協力との反対給付性は極めて希薄であり、社会保険地方事務官という地位にある者全員にその協力の程度を問うことなく、一律の金額を支給したと言わざるを得ず、社会保険地方事務官の組織全体としての協力に対する謝礼であるとか、支出方法の裁量の範囲内であるなどと強調したところで、十分な説明となるものではない。

また、前記認定事実によれば、社会保険地方事務官の取り扱った職務外の事務は、社会保険地方事務官の有する保険の専門的知識が必要とされる種類の事務であって、そのほとんどが、職務上の指揮監督権を有する県(知事)から協力を要請されるまま、本来の職務時間中に行われてきたものであり、必ずしも地方事務官らが本来の職務と異なる事務であることを明確に認識し、本来の職務と区別して行ってきたわけではないことなどからすると、少なくとも、高知県の社会保険地方事務官は、法律上の義務こそ負わないものの、これらの事務に不可欠な担い手として、当然のこととして予定され、本来の職務と渾然一体として取り扱っていたというほかない。さらに、高知県においては、昭和四六年から総務部福利厚生課の予算から職員互助会、職員団体を経由して社会保険地方事務官に金銭が支給されていたところ、支出方法に問題があるとの指摘により、右の金銭支給が平成四年度で取止められ、これに代わって、平成五年度から、社会保険地方事務官に対して報償費が支払われるようになり、本件支出もその一環として支出されたものであることなどをも併せ考慮すれば、地方事務官が国家公務員であって、高知県から給与を支給される立場にはないことを考慮したとしても、結局のところ、法令によらずして社会保険地方事務官の給与に実質的な上乗せをしたと見られても仕方のないものであり、少なくとも、正当な報償費の支給と評価できるものではなく、このような本件支出に係る支出負担行為を決した被告Gの専決行為は違法というのが相当である。

3  右支出負担行為を前提に、被告Hは本件支出につき支出命令を専決で決裁し、資金前渡職員である被告Iは、右支出命令に基づき本件支出につき支払を行ったものであるところ、これらの財務会計行為は、右支出負担行為によって県が負担した債務を履行するために債権者に対して支払をするものであり、支出負担行為等の前提行為が不存在であるとか、これに重大かつ明白な瑕疵があり、当然に無効となるような場合でない限り、それを前提として公金を支出しなければならないのであって、このような場合に至らない以上、支出負担行為に基づいて負担した義務の履行としてされた財務会計行為自体は違法とはならないというべきである。この点、地方自治法二三二条の四第二項によれば、支出に際し、支出負担行為が法令又は予算に違反していないこと等を確認しなければならないものとされている(「高知県会計規則の施行について」にも同様の規定がある。)が、ここで法令違反とは、抽象的にあらゆる法令違反をいうのではなく、前述のような重大かつ明白な瑕疵があり、当然無効となるような事態を意味すると解するのが相当である。

前述のとおり、本件支出に係る債務負担行為は違法というべきではあるが、前記認定事実によれば、本件支出は、社会保険地方事務官の県政への協力に対する謝礼という名目で支出されたものであるところ、現実に社会保険地方事務官には報償費支給の対象となり得るような県政への協力行為が存し、支出態様如何によってはこれに対する報償費支出の余地が十分あったということができるから、その支出負担行為の瑕疵は、それほど重大なものとまでいうことはできず、また、一目瞭然に無効と評価しうるほどの明白なものということもできないのであるから、これを前提としてされた被告Hの支出命令、更にこれに基づいてされた被告Iの支払は、いずれも財務会計行為として違法ということはできない。

四  請求原因四(故意、重過失)について

1  被告Gの本件支出に係る支出負担行為は、右三3のとおり、違法なものである。

2  しかし、前記認定事実によれば、高知県においては、平成五年度から、社会保険地方事務官の県政への協力に対する謝礼として報償費が支払われてきたところ、右報償費の支払を始めるに際しては、各都道府県における支給の実態を調査し、このような報償費の支払は適法であるとの自治省見解を確認し、支給要領を作成した上、これに従って報償費の支払が行われ、被告Gも、このような報償費支払の一環として、支給要領に従って既に議会の決議により予算化されていた本件支出に係る支出負担行為の決済を行ったものであり、他方で、高知県においては、現実に、社会保険地方事務官らに報償費支払の対象となり得るような県政への協力行為が存し、これに対して報償費を支払うこと自体は十分に理由があったといわざるを得ないのであるから、これらの諸事情の下においては、被告Gが本件支出が正当な報償費の支払でないとの認識を持っていた又は容易に持ち得たということはできず、他にこれを認めるに足る証拠もなく、被告Gに故意又は重過失があったということはできない。

3  前掲各証拠等によれば、平成八年度の報償費を支給した頃から、公務員に対する種々の批判があり、高知県は報償費の扱いについて検討した結果、平成八年度の報償費を支給した直後に、平成九年度からの報償費の支給の廃止を決定し、その後、自治省の財政局財政課長名で各都道府県総務部長にあて、報償費の支給については、給与費の一部と見なされる限り、違法支出のおそれが強いので支給を廃止されたいとの文書が出されたこと、高知県においては労働地方事務官に対しては報償費が支給されていないことが認められるが、2の各事情の下においては、これらによっても本件支出の当時、高知県における地方事務官に対する報償費の支出が違法であるとの認識を容易に持つことができたとは認められない。

4  被告Gは地方自治法二四三条の二第一項一号の職員に該当するから、重過失がない以上、高知県に対し損害賠償責任を負うことはない。

第三結論

以上のとおりであるから、本件訴えのうち、被告A、同B、同C、同D、同E及び同Fに対する訴えはいずれも不適法であるので却下することとし、同G、同H及び同Iに対する請求はいずれも理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水口雅資 裁判官 北川和郎 裁判官 真鍋麻子)

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